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今年度の新しい取組から (福祉教育)上賀茂学区における「福祉教育」の授業づくり
〜上賀茂小学校4年生の子ども達と共に〜 上賀茂小学校+上賀茂学区社会福祉協議会 現在、私達の社会は、東日本大震災や近年起きた度重なる災害、また、社会問題となっている高齢者への支援や子ども達の「虐待」をはじめとする諸問題を前に、地域の繋がりや結束が益々求められている所でもあります。そして今後、今を生きる子どもたちは、将来の超高齢化社会を支え、中心をなしていかなければなりません。そうした背景の中で、「命」や「人権」を軸にして、抽象的ではなく、最も身近な地域にスタンスを置いた具体的な「福祉」を学ぶ場を提供し、私たちはその大切さを伝えていかなければならないと考えました。また、そうした「学び」づくりの過程で、私達大人も考えるきっかけにできればとも考えました。 そこで今年度、上賀茂社協では、「福祉教育」という枠を事業計画に盛り込み、担当チームを結成し、上賀茂小学校4年生を対象に、総合学習の時間で、上賀茂社協がパイプ役となって学校教育と福祉関係機関を結びながら、一年間を通したテーマを基に福祉教育の授業づくりを進めていくことにしました。 以下が、4年生担任の先生方と話し合って決定した「福祉教育」事業の趣旨と年間計画です。 1.≪ 趣 旨 ≫ ・子ども達の「福祉」に関する教育の充実と理解、行動を進める取組みを行う。 (1) 体験を通して「福祉」の意味と理解を深める。 (2)福祉活動に参加する事を通して、社会、地域、人への貢献、ボランティア活 動の重要性を伝える。 (3)地域に住む一人として、高齢者や障害者、外国の方々等、様々な人達と暮ら す「支えあう地域づくり」の理解を深める。 2.≪ 重 点 ≫ 「知る」ことを目的化せず、「知る」ことから「考え」、具体的「行動」に移すことを目的とする。 3.≪ 上賀茂小学校4年生総合学習授業予定 ≫ (テーマ) 「バリアフリーとは何か。上賀茂の町は、だれもが住みやすいやさしい町だろうか。」 (年間計画) (1) 第一回 … 視覚障害について 事前学習:9月 手と心で読む(国語)−国語の授業を通して、視力障害をキーワードに、関わりある事柄について調べ学習を進める。 10月7日(金) 視力障害の方をお招きしてお話を聞く。 場 所:上賀茂小学校 多目的室 時 間:AM:10:45〜(3・4時間目授業) 講 師: 渡邊 昭一 先生 京都市北区身体障害者団体連合会会長 京都府視覚障害者協会北支部会員 京都ライトハウス勤務 内 容:講師による視覚障害者のお話の後、子ども達とディスカッション。 ☆ 学校、上賀茂学区・北区社会福祉協議会、京都ライトハウスとの連携事業 (2) 第二回 … 聴覚障害について 事前学習:10月 聴覚障害をキーワードに、かかわりある事柄について調べ学習を進める。 11月1日(火)聴覚障害の方をお招きしてお話を聞く。 場 所:上賀茂小学校多目的室 時間:10:45〜12:00 講 師:福村先生(上賀茂在住) 手話通訳 藤木さん 内 容:講師による聴覚障害者のお話の後、子ども達とディスカッション。 ☆ 京都市教育委員会の協力 (3) 第三回 … 身体障害と介護について 事前学習:11月車いすと介助犬をキーワードに、関わりある事柄について調べ学習を進める。 11月21日(月)介助犬への理解と車いす体験をする。 場 所:上賀茂小学校 体育館&教室 時 間:AM:10:30〜(3・4時間目授業) 講 師:京都ケアドッグステーション 内 容:介助犬と車いすの体験を通して、障害のある人への理解を深める。 ☆ 学校、上賀茂学区・北区社会福祉協議会、京都市福祉ボランティアセンター、京都ケアドッグステーション連携事業 (4) 第四回 … 地域福祉について 事前学習:上賀茂の町のバリアフリーについて調べる。(インタビュー・探検) 12月19日(月)(予定) 地域の福祉の取組みについて、上賀茂社会福祉協議会の方のお話を聞く。 ☆ 学校、上賀茂学区社協連携事業 (5)第五回 … 高齢者福祉について 事前学習:地域福祉や高齢者について、これまで学んだことを複習し、まとめ る。 2月(予定)地域高齢者施設の方々との交流 内 容:お年寄りとの交流・学んできたことを生かして、お年寄りに寄り添う活動をする。 (6) 一年間のまとめ テーマにそって、上賀茂の町はだれもが住みやすい町だろうか。まとめる。そして、地域の一人として、今の自分たちにできることは何かを考える。 ≪ 実践報告 ≫ ☆ 第一回目 − 視覚障害について学ぶ 事前学習:9月手と心で読む(国語)−国語の授業を通して、視力障害をキーワードに、関わりある事柄について調べ学習を進める。 10月7日(金) 視力障害の方をお招きしてお話を聞く。 場 所:上賀茂小学校 多目的室 時間:AM:10:45〜(3・4時間目授業) 講 師:渡邊 昭一 先生 京都市北区身体障害者団体連合会会長 京都府視覚障害者協会北支部会員、京都ライトハウス勤務 内 容: 講師による視覚障害者のお話の後、子ども達とディスカッション。 ☆ 学校、上賀茂学区・北区社会福祉協議会、京都ライトハウスとの連携事業 (当日の報告) 子どもたちは、この日に向けて、事前に国語の教科書にある「手と心で読む」という単元を学び、実際に、点字を打つまでの学習を行ってくれていました。 まず講師の渡邊先生は、身近な問題から、東北の大震災を題材に緊急事態の際、視覚障害者にとって何が必要か、どうした手助けが必要か、子どもたちに分かりやすくお話してくださいました。緊急時に最も必要なこと。それは、「時間」を知ること、そして「情報」得ること。そして、その為に「ラジオ」は、視覚障害にとって何より必要であることを話されていました。 また、自分の日常生活を基に、ユニバーサルデザイン(文化・言語・国籍の違い、老若男女といった差異、障害・能力の如何を問わずに利用することができる施設・製品・情報の設計・デザイン)についてや、白杖の使い方、暮らしの中で必要な支えについてのお話しもしてくださり、子どもたちも熱心にメモを取り、聞いていました。 また、子ども達が事前学習の中で学んだ点字を使って、渡邊先生に自己紹介文を書いておいてくれたのですが、これが、果たして通じるのかどうか。子ども達もドキドキしている様子でしたが、渡邊先生が、一つ一つ手で読み上げて下さる度に歓声があがり、点字が通じた喜びを感じている様子でした。 最後のディスカッションでは、子ども達の手がたくさん上がり、時間が少なかったのが本当に残念でした。 子ども達は、日常の生活の仕方、困ることはどんなことか、どんな手助けが必要かなど、自分達にできることは何かを確認しながら、より詳しく熱心に聞いている様子でした。 印象的だったのは、「もし、目が見えるようになったら、どんなことがしたいですか?」との質問に「本をいっぱい読みたいです。」と渡邊先生が答えられたことでした。 自分達にとって「あたりまえ」であることが、あたりまえでない人達がいる。ならば、どうすればいいのか。子ども達の胸に何かを残したやりとりであった気がします。 今回、授業づくりを進めるにあたって、担任の先生方とも了解しあったことは、「知る」ことを最終の目的としないということ。「知る」ことから「考え」そして、何ができるのか具体的に「行動」できるようにすること、それを最終の目的にしようということでした。その意味において、今回のこの授業は、子ども達にたくさんのヒントが与えられたのではないかと思います。 子ども達は、最初から最後まで、集中力の途切れる様子もなく、本当に熱心に学んでくれていました。そうした子ども達に応える為にも、次回以降、私達もきちんと準備を進めていかなければと改めて思わせてもらった授業でもありました。 ☆ 第二回目 − 聴覚障害について学ぶ 事前学習:10月 聴覚障害をキーワードに、かかわりある事柄について調べ学習を進める。 11月1日(火)聴覚障害の方をお招きしてお話を聞く。 場 所:上賀茂小学校多目的室 時間:10:45〜12:00 講 師:福村 賢二先生(京都市聴覚障害者 北支部長)手話通訳 藤木さん 内 容: 講師による聴覚障害者のお話の後、子ども達とディスカッション。 ☆ 京都市教育委員会の協力 (当日の報告) 当日の授業は、聴覚障害者である福村先生が手話でお話をされ、手話通訳でお話をもう一度聞くという方法で進められました。 まず、福村先生は、幼い頃の不慮の事故で聴覚を失ったこと、小学校に入学したが、先生の話が聞き取れず、再度、聾学校に入学したことなどをお話しされました。 そして、聾学校では、話し手の喉に手をあてて、その振動から発声方法を学んだことや、話し手の口の動きを見て「あ・い・う・え・お」をまず学び、そして言葉を学んだことを話されました。 【手話でのお話を聞く子ども達】 また、口の動きによって相手の話を聞く際、「はし」などの同音異義語の多い言葉や、「たまご」・「たばこ」などの類似した言葉などは、大変読み取りにくいことを説明されました。 災害などの緊急事態については、阪神大震災の際、家族の助けを求める声が聞こえない為に助けることができず、家族を亡くされた友人のお話を例に挙げ、聴覚障害者やその家族は、普段の日常生活の中で隣近所の方々に、その存在を知っておいてもらうことが大切だと話されました。また、非常ベルや緊急事態を告げるアナウンスがあっても聞きとることができないので、点滅ライトや文字表示を併設することは、聴覚障害者にとって大変重要であることも話されました。 そして、日常生活においては、聴覚障害者は外見では判断できない「見えない障害者」である為に、言葉をかけても返事をしないなどのコミュニケーションの行き違いを生みやすく、誤解されることも多いことや、背後から車のクラクションを鳴らされても察知できず、危険な目にあうことが多いこと、 同じ意味で、歩道上での自転車との接触事故が大変多いことなども話されました。 子ども達は、この授業でも、前回同様、自分が理解していた「あたりまえ」について、もう一度深く考える機会を持てたのではないかと思いました。 ![]() 【手話で拍手する子ども達】 そして「もし自分がそうであったなら」と想像力を働かせること、その上で行動すること。このことは、私達大人も、社会も、大いに欠落しだした部分でもあり、子ども達のみならず、私達自身も、もう一度身につけなければならない大切な点であるように思われました。 ☆ 第三回− 身体障害&介助について学ぶ 事前学習:11月車いすと介助犬をキーワードに、関わりある事柄について調べ学 習を進める。 11月21日(月)介助犬への理解と車いす体験をする。 場 所:上賀茂小学校 体育館 時 間:AM:10:30〜(3・4時間目授業) 講 師:京都ケアドッグステーション 内 容:介助犬と車いすの体験を通して、障害のある人への理解を深める。 ☆ 学校、上賀茂学区・北区社会福祉協議会、京都市福祉ボランティアセンター、京都ケアドッグステーション連携事業 (当日の報告) 今回は、一時間目から、車いす体験、その後介助犬と身体障害者の介助についての学習と、午前中いっぱい子ども達はたくさん学びました。 ・9:00 〜車いす体験 まずは車いす体験。この体験学習の重点は、車いすに乗る人も介助する人も、「もし、自分がそうであったら」と想像しながら体験していくことでした。街に出ればどれ程多くの障害物があるのか。普段何気なく過ごしていることを今一度、体の不自由な人の身になって見つめ直す、大切な時間でもありました。「車いすに乗って押してもらうと楽だと思っていたけど、とっても不安でこわかった。」子ども達の素直な感想でもありました。 子ども達は、12月には、上賀茂の街へ出て、「誰もが住みやすい街だろうか?」をテーマに探検します。その上で、この体験が役に立てばと思います。 ・10:30 〜 介助犬についての学習 まずは、京都ケアドッグステーションの指導員の方から、「介助犬ってなんだろう」といことをスライドを見ながら教えて頂きました。視覚障害者に対する盲導犬、聴覚障害者に対する聴導犬、 手足に障害のある人に対して介助犬。たくさんのトレーニングを積みながら、障害者の助けになる為に働く補助犬達がいることを知りました。 ちなみに、日本全国にいる盲導犬1070頭、聴導犬19頭、介助犬51頭(2010・10現在)。手足の不自由な人の数、おおよそ175万人に対して、まだまだ足りない状況にあることも知りました。 その後、介助犬がどんな仕事をしているのかを実演を交えながら教えて頂き ました。 障害者にとって、介助犬は生活にの助けになるだけではなく、安らぎや外に出る勇気を与える存在であることを、一所懸命働くワンちゃんを見て、子ども達もより強く感じたことと思います。 子ども達は、実際にユーザとなって、介助犬の体験もさせて頂きました。 最後に指導員さんは、「障害者と補助犬を見かけたら、それで大丈夫と思わないで、できる手助けをしてあげてください。皆さん一人一人が、障害者に手を差し伸べてくれたら、もしかしたら補助犬達はいらないのかもしれません。何より大切なのは、人の思いやりと支えあい。どうか、皆さんもできることをしてください。」とおっしゃいました。子ども達ばかりでなく、私達大人も重く受け止めなければならない言葉でした。たくさんの方々のご協力を得、また一つ大切なことを学べた授業でもありました。ありがとうございました 上賀茂学区 | - | -
3月震災・9月災害ボランティア参加報告集 災害ボランティアに参加しました。
3月11日の東日本大震災・9月の台風12号を受け、京都災害ボランティアセンターの派遣団で、5月27日〜30日(宮城県・岩手県)・ 9月23日・24日(和歌山県・三重県)と現地へ災害ボランティアに入りました。少しご紹介すると、京都災害ボランティア支援センターは、京都府・京都市・京都府社会福祉協議会・京都市社会福祉協議会・きょうとNPOセンターなどが運営しています。 このセンターは、2011年3月13日、京都市災害ボランティアセンターと京都府災害ボランティアセンターの合同会議により「京都災害ボランティア支援センター」として情報発信等で共同して取組むことを確認し、新たに設立されました。 (URL:http://www.saigai-v.com) その時のご報告を以下に行います。 東北大震災被災地支援活動ボランティア(第二陣)参加報告 1.被災地支援活動ボランティアについて ☆実施主体 – 京都災害ボランティアセンター ☆参加規模 – 121名 ☆日 程 - 5月27日(金)〜 5月30日(月) ☆活動場所と内容 5月24日(火) 事前研修 研修19時 〜 京都府立総合社会福祉会館 ハートピア京都 5月28日(土) ・岩手県陸前高田市小友地区 田圃に流れ着いた瓦礫の除去作業 61名 ・宮城県南三陸町歌津地区 歩道に堆積している瓦礫の除去作業 60名 5月29日(日) ・岩手県陸前高田市小友地区 田圃に流れ着いた瓦礫の除去作業 121名 2.行程と内容報告 第一日目(行程) 07:30 京都駅八条口バスターミナル集合 = 08:00 京都出発 = 北陸自動車 道南条SAで舞鶴組と合流 = 22:00 宿泊地 岩手県花巻市着 = 22:30 夕食 ミーティング 今回の参加者は、総勢121名。バス1台30名ずつに分かれ4台に分乗し、各々6名ごとの班分けが行われた。朝8時京都を出発し、宿泊地まで15時間の長旅だった。 車中では、各班ごとの班長を決めたり、自己紹介を行ったりと、これから現地に向かう緊張感はあったものの、最初は、やはり和やかな雰囲気だった。しかし、福島、宮城、岩手と現地に近づくにつれ、身の引き締まる思いと、翌日からの作業を前に、皆の中にも緊張感が漂い始めた。 宿泊地の宮城県花巻市渡り温泉は、通常なら風光明媚な観光地として多くの観光客が訪れる所。 しかし、現在は、復旧作業に従事する人々の宿泊地となっている。 駐車場には、警察・消防車両が占め、私達を含め、観光客の宿泊は見当たらなかった。 夕食後のミーティングでは、台風の影響で翌日からは東北地方も雨ということで、地盤がゆるみ作業は危険を伴うこと、また、到着後すぐに、体に感じる余震があったことからも、まだまだ地震と津波への警戒を緩めてはならない中の作業であることなど、スタッフから充分な注意が必要であることが告げられた。 翌日の作業の準備を整えた後、夜中12時、ようやく就寝。 第二日目(行程) 06:45 朝食 = 07:30 宿舎出発 = 10:00 陸前高田着 = 11:00 宮城 県南三陸町着 車中昼食後瓦礫除去作業開始 = 16:00 南三陸町発 = 19:00 宿舎着 夕食後ミーティング 早朝から、やはり雨。今回私達の支援活動は、東日本大震災で被災した岩手県沿岸部の被災者を支援する為、遠野市民を中心として結成されたボランティア集団、遠野市被災地支援ネットワーク『遠野まごころネット』と連携し、陸前高田に集中して作業することになっていたが、遠野まごころネットの皆さんが、雨の中での作業は危険ということで、作業中止を連絡してこられた。その為予定を急遽変更、岩手県陸前高田市小友地区61名、宮城県南三陸町歌津地区60名の二手に分かれ、私達のグループは南三陸町に向かった。 前日、被災地に入った時は夜の暗闇であった為、気づかなかったが、この日、陸前高田市、気仙沼市とそれまでTV等で映像として見ていたものの、目の前に広がる風景は、想像を遥かに超えるものだった。 また、TVでは随分と被災地が片付いた様子が放映されているが、それは、ほとんどが海沿いの一番被害の集中した所。その他の地域は全然手付かずの状態にあることに今回の災害の規模の大きさと「一体どうすればいいの?」と気の遠くなる思いがした。 【横倒しになったままのトラックと車両の瓦礫】 【流されたままの家屋】 【手付かずのままの漂流物】 南三陸町での作業は、ここに拠点を置き、長期に渡って支援活動を行っておられる名古屋の市民災害救援センターの皆さんと連携し行った。作業内容は、幹線道路沿いの歩道に山積した瓦礫の除去。歩道に山積みになった瓦礫は、復旧作業や生活道路を確保する為にやむなく置かれているものであるが、その為、人が道路に出て歩かなければならず、復旧作業にあたる大型車が多数行きかう道路にあって、とりわけ子ども達にとっては大変危険な状態で、地元の方々から「何とかして欲しい。」との要請を受け、行うものだった。 この地点は、海の傍であることから、漁の網等も多く流されていて、それが他の漂流物にからまり、それがまた横倒しになった電柱にひっかかりと、除去作業も大変であった。まず大型の瓦礫を歩道から除去し、土や泥をスコップで取り除いた後、デッキブラシで清掃。海に向かって約200メートルの歩道を確保した。 瓦礫の中には子どものおもちゃや写真、食器、証明書など個人にとって重要なものや、いわゆる「思い出の品」もたくさんあった。そうした品々は、別に集め、市民災害救援センターで保管して頂いた。 終始雨の中の作業であったが、作業した分、それだけきれいになるのを見、疲れは感じなかった。皆の中にも、「もっと作業を…」という気持ちもあったと思う。しかし、事故は、そうした自分が気づかない疲れの中で多く起こるとのこと。たくさんの気持ちを残しながら、作業修了。 お世話になった市民災害救援センターの皆さんにお礼のご挨拶をし、宿舎に向かった。 第三日目(行程) 06:45 朝食 = 07:30 宿舎出発 = 10:00 岩手県陸前高田市小友地区到着 作業開始 = 15:00 陸前高田発 = 17:00 さくら温泉にて入浴と夕食 = 19:00 帰路へ 三日目も朝から雨。作業継続が危ぶまれたが、陸前高田に到着すると小雨になり、作業開始。この地点は、山を挟んで、2方向から津波が押し寄せ渦を巻き周辺地域が壊滅状態になった場所。幹線道路から離れ、多くは田圃が広がる土地なので、3ヶ月近くたった今も、若干、重機等が入った跡があるものの、ほとんど手付かずのまま放置され、流されたものがそのままの状態であった。 また、この周辺は、流れ込んだ海水と車からのガソリン、そして汚物が入り混じり、強い悪臭もした。そのような状況の中、私達は総勢121名で田圃瓦礫の除去作業を行った。 田圃には、船、家屋の柱などの大きな漂流物はもとより、土を少し掘り返しただけでも、写真やレコード、美しい色であったろう着物、ガラスの破片や壁の建材等などが次々に現れ、「食す物」を創りだす場所が痛々しい限りだった。しかし、こうした作業の積み上げは、農村の高齢化が進む中、心血を注いだ畑や田んぼに手の施しようもなく、先の希望を見出せず心が折れ、回復する気力も湧かなくなってしまう高齢者が多いといわれる中、もう一度「これから」と「生きる」ことを回復して貰う意味で、本当に大事だと思った。 終了時間までに前日もあわせ、計6反の田圃の瓦礫を除去。ここでも、やはり「もっと時間あれば…」との思いは募ったが、やむなく乗車。帰路に就く。私達が車に乗り込み発車する際、現地のおばあさんが、体ごと手を振り見送って下さっていたとのこと。それを聞くにつけ、無力感を感じ、胸が痛んだ。 第4日目(行程) 13:00 京都駅八条口到着 解散 福井県南条SAで台風に遭遇し、高速全線通行止め。約5時間の足止めにあった。それでも、皆無事故で無事京都に到着。ごくろうさまでした。 3.被災地支援ボランティアに参加して(感想) 私達が、現在の東北を見る時、大震災が「終結」した後の「後始末」をどうしていくのかという視点に立っていると思う。しかし、現地はまだまだ余震は続き、それに伴う津波への警戒、梅雨時期に入った今となっては、土砂くずれ、地滑りなどへの警戒も必要で、大震災は現在進行形であることを強く感じた。 どこまでも続く荒涼とした土地と瓦礫の山。現地に立ち、改めて今回の震災被害のスケールの大きさと同時に、自然の力の大きさと恐怖を感じた。 三ヶ月近く経った今でさえ、これ程の状況。直後から、遺体の回収や救助活動、復旧作業にあたられた方々のご苦労は、精神的にも肉体的にも想像を絶するものがある。被災地の方々はそれ以上、表す言葉も見当たらない。 私の実家も阪神大震災の被災地だったが、あの震災は、多くの人の「その後」を変えた。今回も、同じようなことが繰り返されるのかと思うと、一刻も早い復旧を願う。その為には、長期に渡る多くの人々の力が必要だろう。途切れのない支援を考えていきたい。 そして、また私達は、今回の東北で起きた災害から何を教訓とし学ぶのか、そのことも重要であろう。決して人ごとではなく自分達の問題として、個々人はもとより、自分の住む地域や街で。自然の力は止めることは出来ないが、被害を最小限に留めることはできるはずだ。災害に対する心構え、地域の結束、どんなことがあっても安心な地域ぐるみの備え。課題は多いと思う。一つ一つ、具体化し積み上げていきたいと思う。 台風12号災害支援活動ボランティア派遣団第二陣 参加報告 日 時 :H23年 9月23日(金)・24日(土) 派遣先 :三重県紀宝町高岡地区・大里地区 和歌山県新宮市那智勝浦町 規 模 :60名 主 催 :京都災害支援活動ボランティアセンター ☆派遣先の災害状況概要 紀宝町は、三重県の最南端に位置し、和歌山県新宮市と隣接する町で、相野谷川(おのだにがわ)と熊野川の氾濫により、大きな被害を受けた。 とりわけ、派遣された地域は、町内を流れる相野谷川とともに熊野川も氾濫したために、相野谷川の水が河口で止まってしまい、熊野川の濁流も逆流したため、多くの家屋が床上あるいは、2階・3階まで浸水した。 昔から相野谷川は氾濫する川といわれ、国土交通省は、高岡・鮒田・大里地区の三か所にポンプ設置も合わせ、約50億をかけ、地区を取り囲む輪中堤(わちゅうつつみ)を建設。しかし、その堤も一部倒壊。一帯は、防災意識の強い地域でもあったが、今回の台風は、そうした地元の人々の想像を遥かに超えたるものだった。 現地はまだ、所々で土砂崩れや通行止め箇所もあり、復旧作業が続いていた。作業を行った先でも、屋根の上から泳いで避難所までたどり着いた人がいたことや、避難所の小学校の裏山も崩れ、避難所の上へギリギリのところで脱出し、九死に一生を得た人もいたことなどをお聞きした。 現地は、東北同様の景色が広がり、被害の大きさは筆舌に尽くしがたい状況であった。 【三重県紀宝町 高岡地区(再び襲った台風15号直後 水没の様子 9月22日)】 ☆第一日目行程 07:00京都駅八条口出発 (名神〜新名神〜東名阪〜伊勢自動車道〜紀勢自動車 道〜R42)〜 1 2:30三重県紀宝町災害ボランティアセンター到着〜 13:00活動開始〜 16:00 活動終了 〜 16:30三重県紀宝町ボランティアセンター到着(機材搬出)〜18:00宿舎着(串 本国民宿舎あらふね) 18:30夕食・入浴〜 21:00ミーティング 〜 22:30就寝 ≪作業内容≫ ・家屋周辺に溜まった泥のかき出しと搬出 ・家屋の床板はがし、及び床下に堆積した泥のかき出しと搬出 ≪被害状況≫ この日入ったお宅は、昔からの典型的な農家のつくりで、家屋は屋根の上まで浸水したため、畳はもちろんのこと、床板・壁も全て剥がさなくてはならない状態であった。床下には、粘土質の固くて重い泥が20�儖迷論僂掘△�き出すのも、土嚢袋に入れるのも、また運び出すのも大変な作業だった。台風12号の後、15号の被害も受けたため、泥はしばらく放置されたためか、かなりの悪臭もあった。 家主さんは、かなりのご高齢のお母さんと娘さんの二人暮らし。お母さんの状況も配慮し、早い目に避難所に行かれたことが良かったとのこと。以後、親戚のお家を転々とされていたが、気疲れも多く、地域に戻りたいとの思いもあって、今はお母さんは地域の集会所に、娘さんは親戚のお家に身を寄せられている。 私たちが作業に入るまで、ボランティアシステムやそれを利用することができること等、知らなかったために、お二人で被災から二週間、細々と作業をされていたが、地域の中で、ボランティア申請され、作業に入ってもらっている方を見て、是非、お願いしたいと今回センターに申請。私たちが派遣されることになった。一度に大勢の人間が入ったために、多分驚かれたと思うが、作業終了時、スタッフに「助かった」と涙を流されていたと聞いた。まだまだこうした支援と広報が必要だと感じる。 ☆第二日目行程 07:00宿舎発 〜08:30 三重県紀宝町ボランティアセンター着(一号車30 名)、和歌山県新宮市ボランティアセンター着(二号車30名)〜 09:00活動開始〜 16:00活動終了〜 17:00現地出発〜 22:00京都駅八条口着、解散 ≪作業内容≫ ・家屋周辺に溜まった泥のかき出しと搬出 ・家屋の床板はがし、及び床下に堆積した泥のかき出しと搬出 ・田畑の瓦礫撤去 ≪被害状況≫ この日作業に入った大里地区は、前日同様、地域一帯が水没。隣接する山から流れ出る土砂・水・流木などで家屋が倒壊。田畑に堆積した漂流物を見ても、東北と同じ状況があった。依頼主のお宅は、古い農家を最近リフォームされた所だったようで、外から見ると被害はそれほどでもないようであったが、中に入ってみると、やはり大変な状況であった。 この日も、床下の泥のかき出しと搬出、清掃で半日かかった。お宅は、すぐ裏手が山で、根こそぎ流されてきた大木が、家のすぐ傍で辛うじて止まり、家屋倒壊が免れたようだったが大変危険な状態でもあった。 こちらも、作業終了時、皆でご挨拶した時、家族揃って見送って下さり、「気持ちも萎えかけていたが、次へと進める元気をもらいました。」と言われていたのが印象的だった。 午後から入った田んぼは、四方から流れてきた木、タイヤ、畳、板、家財道具等々が山積していて、最初の地面がどこなのか分からないくらい泥も堆積していた。農家の方が、何よりつらいのは、収穫したばかりの新米が全て水に浸かってダメになったことだと言われていた。手間暇かけてきた農作物。田んぼの状況を見るにつけても、お気持ちは、察するにあまりあった。 【三重県紀宝町 熊野川支流の相野谷川がはんらんし、 水没した相野谷川沿いの地区(9月4日)】 ≪感想≫ 被害は大きいとの認識はあったが、現地に入り、わずか数日の雨がこれだけの被害をもたらすのかと、東北の地に立った時と同じく、自然の力と恐怖を感じた。現地の方々の思いは、尚更であろう。 水害から2週間。来る日も来る日も片付けで、家族だけでの作業ではなかなかはかどらず、精神的にも限界になりつつあることや、地域から親戚などを頼って家を離れる人が増え、家庭も地域も心細かったとお聞きした。また、東北大震災を大変だとは思っていたが、やはりどこか他人事であったこと、そして、まさか自分がこうしてボランティアのお世話になることなど考えてもいなかったこと、自分の家が落ち着いたら、今度は恩返しとしてボランティア活動をしていけるようになりたい等々の思いもお聞きした。一人の百歩より百人の一歩。わずかの力であるが、こうした活動の繋がりが大きな力に育っていくことを実感する。 私の実家は、阪神大震災の被災地であるが、東北、今回の三重県と、現地と関わる中で共通していえることは、それら被災地の方々が、大変な経験をされたマイナスの地点から、鍛えられ、人の意識や社会の意識、地域づくりや社会システムに至るまで、本当にそこに住む人々が当事者として関わり、創り変え、プラスに転じていっていることだ。紀宝町でも、地域をまとめ、行政やNPOとのパイプ役に社会福祉協議会が、ボランティアを受け入れるためのボランティアセンターでは、NPOや学生の皆さんが労苦を惜しまず活躍されていた。こうした経験と繋がりは、今後に向けて、どんな備えよりも大きな力となっていくと確信する。 今回派遣された紀宝町は山間部。前回行った東北は沿岸部と地理的には対照的であったが、学ぶべき点は本当に多かった。どの被災者も言われる「想像できなかった」というのが、自然災害の実体だろう。教訓として自分の住む地域に返していきたいと強く思った。 【宿舎前に広がっていた串本の海】 上賀茂学区 | - | -
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